119.発作の裏にある脳の病気:その8 脳梗塞とてんかんについて(2013年2月号)

高齢初発てんかんの30-54%は脳血管障害が原因である。脳血管障害は脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、脳動・静脈奇形などがある。脳の動脈硬化などにより血管が詰まってその支配下にある脳の一部が壊死に陥るのが脳梗塞である。梗塞が小さい場合は「かくれ脳梗塞」といい、何の症状も起きない。脳梗塞が大きい場合や、重要な場所に起きた場合などではさまざまな症状が起こりうる。手足の麻痺などは典型的な症状である。

症例を示そう。50才代の肥満型男性である。30歳頃から高血圧があった。検査の結果腎性高血圧と診断された。高い時は上が200を超えたこともあったという。

45歳時のある朝、目が覚めたら左手足が動かないことに気づいた。某病院に入院し、脳幹梗塞と診断された。1カ月程入院治療・リハビリを行った。脳幹は脳の深い場所にあり、両耳をつないだ線上のほぼ中央部にある。脳表面(大脳皮質)から降りてきた沢山の神経の束が狭い脳幹で密集するので、ここでは小さな病巣でも重大な障害をおこしやすい。幸いにもこのケースでは麻痺はほぼ完全に回復した。

しかしその半年後からてんかん発作が起こるようになった。急に意識を失い、目を見開き動きが止まる1分前後の短い発作である。倒れない。この発作は月2-3回の頻度で起こるようになった。しかし残念ながら本人は発作が起きたことに全く気付かない。それで抗てんかん薬を飲むことになかなか同意してくれなかった。しかしあるとき自転車に乗っていて発作が起こり、駐車中の車に衝突するという事故が起こり、それ以後薬をのんでくれるようになった。

脳梗塞は脳のどこにでも起こりうる。脳の表面(大脳皮質)に梗塞がおこると神経細胞が侵され、てんかん発作が起こりやすくなる。神経細胞は網のように脳の表面に層状に張り巡らされており、その神経細胞から伸びた軸が束状になって脳幹・脊髄を経由して、体の隅々に至る。脳幹は神経の束が走っており、神経細胞は比較的にすくないのでてんかん発作を起こすことは少ない。

したがってこのケースではマヒは脳幹の障害で起こったと考えられるが、てんかん発作はおそらく脳幹の病巣由来ではなく、側頭葉の内側面にある海馬・扁桃核が焦点ではないかと考えられた。

蛇足ながら述べるが、このケースでは服薬後1年程で幻覚妄想状態が出現した。マンションの階下の人が電波を出して自分を監視しているというのである。幻聴があり自分で考えていることに相手が相槌を打ってくる。手足をトントンと叩くと、きしみ音で返事が返ってくるというのである。しかしこの幻覚・妄想も薬物治療により1-2カ月で消失した。てんかん発作は誰にでも起こりうる。幻覚・妄想等の随伴症状も珍しくない。多くは適切な治療により発作は抑えられ、精神症状も落ちつく。あまり心配する必要はない。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

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