28.「不器用さ」について考える(2005年7月号) 

世に不器用な人は多い。持ったものを不用意に落として壊してしまう、物を上手につまめない、指の細かい早い動きが苦手である、不用意に躓く、怪我しやすい、早く走れない、紐を上手に結べないなどである。器用さは口の動きにも現れる。器用な人は口の動きもなめらかであるが、不器用であると舌が粘っこく、発音が不明瞭になる。

しかし器用な人が必ずしも優れているとは限らない。器用貧乏などという言葉があるとおり、何事も器用にこなすがいつも損しており、お金には縁の無い人もいる。一方手先は不器用だが仕事はしっかりしており社会に出て成功する人もいる。器用さには「細かい運動がよくできる」ということとさらに「動きは早い」という意味があるようである。何を作らせても動きは早いが出来たものは雑という人もいる。一方仕事は遅いが丹念で細かいところまでしっかりしており、優れたものを作り出す人もいる。したがって器用な人が必ずしも優れているわけではないといえる。

てんかんの人を多数診ていると、不器用な人がかなり多いことに気づく。これは簡単な診察・検査ですぐにわかる。指タッピング試験といって、例えば左手の甲を右掌で軽く何度も叩くような動作をさせると、不器用な人とそうでない人の区別が付く。これでまたどちらが利き手かもわかる。利き手のほうが動きが早くで上手である。

てんかんを持つ人の場合、不器用であれば日常の家庭・社会生活上大きな支障になっている事が多い。「動きが遅く下手である」と評価される。しかし「忍耐を持って丹念に」仕事ができればそれは不器用さをカバーしてくれる。しかしてんかんを持つ人はしばしば「忍耐と丹念さ」も欠けている場合があるのも残念ながら事実である。なぜそうなるのだろうか。それらの原因は何であろうか。

「器用さ」は脳の協調・共同運動の障害である。例えば目の前に飛ぶ虫を捕まえる動作を考えてみよう。目で目標を定めて、相手の動きを読んですばやくかつ正確に目的の位置まで手を運ばなければならない。これは目から得られた視覚的情報と手の運動が互いに協調しながら動くことが必要で、視覚をつかさどる後頭葉と主に運動をつかさどる大脳運動領野と小脳が密接に共同して働かなければならない。かなり高度な脳の働きである。

「不器用」は脳の発達障害のひとつでもある。目の前の動いている物をつかむ動作は5歳児にはできない。しかしゆっくり動くものなら10歳児にはできる。ハエのようにすばやく動くのを素手で捕まえるのは大人でも無理であるが、蝿たたきでたたくことはできる。

通常子供にはまだできないが成長するにしたがって出来るようになるのは脳が正常に発達している証拠である。成長してもできない場合は「発達障害」の可能性もあるので訓練が必要となる。そしてその際は前回お話した発達障害者支援法の適応を受けることができる。

発達障害者支援法がてんかんにも準用されるようになったと聞く。これをてんかんにも広く活用してほしいものである。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)