110.突然の不慮の事故(2012年5月号)

アメリカてんかん学会とアメリカてんかん協会が共同で、てんかん患者の不慮の死について意見書を出した。ここでこんなことを話題にするのは大いにはばかれるが、しかし、てんかん発作がまだおさまっていない患者さんでは、そうでない患者さんと比べて不慮の事故が多いというのも事実らしい。しかし発作が完全におさまっている人は、そのような危険はほとんどないので安心してよい。

てんかん患者さんの事故は倒れて怪我をする場合や骨折、やけどなど色々ありうる。中には持病が悪化して肺炎や心不全等もありうる。中には原因不明の突然死等もある。自殺もありうる。

50年以上も前の話になるが、かつて私が医師になり始めたころ、同僚にてんかん発作を持つ医師がいた。彼は2-3年に1回程度の発作を持ち、私も実際発作を目撃したことがあるが、彼の発作はいわゆる大発作で全身のけいれんに至るものであった。私と同じ精神科に入局して、同じようにてんかんを研究していた。彼は結婚しており小さい子供さんもいた。しかし彼はお酒が好きで、我々と一緒によく飲んだ。いわば飲み友達でもあった。したがって抗てんかん薬服用も不規則になりがちだったらしい。そしてある朝、なかなか起きてこないので、奥さんが行ってみると、心肺停止状態であった。直ちに救急車が呼ばれ、人工呼吸、蘇生術が施された。そして1時間ぐらい続いたろうか、ようやく心臓の鼓動が打ち始めた。しかし意識は戻らず数日後に亡くなった。結局この不慮の事故の原因は分らなかったが、おそらくは睡眠中に発作が起きて、呼吸不全を起こしたのだろうということになった。なぜならうつ伏せになって、顔が枕に圧迫されていたからである。

その後てんかん患者を扱っているときわめてまれではあるが、同様なケースに出会うことがあった。施設に入所している患者で精神遅滞を合併している方である。夜の職員の見回りでは何の異常もなく、ぐっすり良眠していると報告されたが、翌朝心肺停止の状態で発見された。このケースもはっきりした原因は不明であったが、このようなケースもまれにはある。

アメリカてんかん学会とアメリカてんかん協会の共同意見書では、(1)いついかなる場面でこの問題を議論すべきか、(2)医者のみならず、患者・家族間でこの種の事故が起こりうることを認識させるべきか否か。(3)このことについての今後の大規模な研究体制をどう整備するか。(4)この種の事故の真の原因は何か。(5)このような事故を防ぐためにはどのような手段があるのか。以上の点について議論されている。てんかんの暗い側面ではあるが無視できない事実でもある。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

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