29.「こだわり」について考える(2005年8月号)

最近知的障害者を診療する機会が増えた。てんかん、知的障害、自閉症などが互いに重複している例が多い。知的障害や自閉症をもつ人には「こだわり」が多く、家族や職員がその対応に苦慮している。てんかん発作があればその対応はさらに困難になる。

最近次のような「こだわり」をもつ症例に遭遇した。患者は中等度の知的障害と自閉症的傾向とてんかん発作をもつ。単純な会話は可能だが、込み入った会話はできない。間違ったことを指摘してもなかなか理解してもらえない。無理に説得を試みようとすると、情緒不安定になる。好きなようにさせておけばおとなしい。てんかん発作は大発作で数年に1回程度である。

彼の「こだわり」は長時間のトイレとお風呂である。彼は作業所から帰ると、几帳面に手洗いをする。夕食後は風呂に入るが、それが数時間に及ぶ。丹念に体を洗ったり、ひげをそったり、湯船を出たり入ったりを何回も繰り返す。4-5時間は入っている。出てきたときには顔はかみそりの傷で血だらけになっている。彼がお風呂を使っている間はもちろん家人は使用できない。朝方はトイレも長い。数時間はトイレに入っている。その間家人はトイレを使えない。「ちょっとトイレを使わせて」といって強引に彼をトイレから引き出すのも可能だが、言い争いになってしまうので、やむなくもうひとつのトイレを作った。このような状態であるので作業所には午後のみ行っている。

最近母親が疲れはてたので彼をショートステイ施設で宿泊させた。もちろんショートステイを受け入れるためには、何回も見学を重ねる必要はあったが、どうにか納得して短期入所をうけいれた。

彼の「こだわり」であるトイレとお風呂はどうなったであろうか。驚いたことには施設では何の問題もないのである。長時間のトイレや風呂の使用はなく他の利用者と同じようにトイレ、入浴も短時間で済ませるので、施設の職員は自宅で長時間トイレや風呂場を占領するという事実は信じられないという。

彼の「こだわり」は一日の生活パターンであった。毎日の決まったパターンを変えたくないのである。作業所から家に帰り、同じ場所で手を洗い、同じ場所で風呂に入り、翌朝は決まった時間に同じトイレに入る。これは彼のリズムであり、生活のパターンである。場所が変われば昔のパターンは通用しないのである。しかし家に帰れば再び同じ生活パターンとなる。彼の脳にはこの生活パターンが刷り込まれておりこの習慣から脱する事ができないのである。

この「こだわり」はどうやらある日突然にできるものらしい。何かのきっかけで、ある体験が強烈な印象を生み、それが脳に刷り込まれるようである。ある日、ある時、ある人との会話が強く脳に刷り込まれ、その後そのことを繰り返して執拗に話をするようになるなどという例もある。「こだわり」が生ずるメカニズムがわかれば、その対応にも光が見える。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

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