161.忘れえぬ患者さんたち(その9)――「頑張らない」と思うことも大切(2017年2月号)――

人はよく「頑張れ」、「一生懸命努力しろ」といって励ます。前向きに進む人間には大いに役立つ大切なアドバイスとなろう。めげずに前向きに進んでついに成功を掴むかもしれない。しかしそれにこたえるには、かなりな体力とエネルギーが必要となる。失敗してもすぐに立ち直れる強靭な体力・精神力がないとできない。スポーツ選手などはその典型的な例であろう。失敗を反省し、どこが悪かったかに思いをはせ、うまくいくためにはどうしたらいいかを考え、再度挑戦する。それを何回も繰り返す。「頑張る」とはこのようなことを言うのである。そして仮に失敗しても「落ち込まない」、「いやにならない」、「自分を卑下しない」、「自分はダメな人間だとは思わない」という前向きな姿勢が必要となる。

はたしてこれだけ強靭な体力・精神力を持っている人はどれぐらいいるだろうかと考える。私などもいつも何回も失敗して、いやになるが、あきらめずに続けていると、そのうち何とかうまくいくことがある。1つの成功を掴むのにその数倍は失敗する。しかし何もしなければ1つの成功もつかめないということも事実である。

私は時々患者さんに「頑張るな」、「一生懸命になんてやるな」、「努力するな」という言葉を使う。「落ち込みやすい人」、「自分はダメな人間だ」と考えやすい人には「頑張れ」とは言わずに逆に「頑張るな」という。

「頑張らない」ということは結構難しいのである。みんな、それぞれ知らないでいるうちに何とか「頑張ってしまう」ので、失敗すると、やはり自分は「価値のないダメ人間だ」と考え落ち込んでしまう。自分を責めると同時に他人も責める。他人の噂に過敏になり、いらつきがひどくなり、対人関係が悪くなる。そうなるとまた失敗に陥る。するとまた落ち込む。この悪循環から逃れなくなる。

症例を示す。30歳台の女性。生まれつき左手足がマヒしており、脳性小児まひである。これまでてんかん発作も数回あった。しかし知的にはほぼ正常で、普通高等学校卒業し、その後障害者雇用で就職している。彼女の問題点は、落ち込んでパニックになり、自分はダメな人間だと、死んだほうがましだと口走り、時にリストカッテイングなど自傷行為に走る。自己評価が極めて低く、他人の噂話に敏感で、あの人はこんなことを言ったが、まるで自分の人間性が否定されたと考える。

彼女に対して私は「頑張るな」という。そうすると彼女は「なにもするなということか」「死ねということか」と反論してきた。医者なら「元気になる薬をだすべきだ」とさらに反論してくる。
私は今のままで一番いい、「ダメな自分をそのまま受け入れること」それが基本ですとさとしているが、一瞬わかってくれた様で穏やかな表情になった。しかしよくなるにはしばらくはかかりそうだ。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

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