153.忘れえぬ患者さん(その3)、いらつきが治った症例 (2015年12月号)

「不機嫌症」という言葉がある。人は誰でも嫌な目にあうと機嫌を損ねる。すぐに機嫌を直してニコニコする人もいれば、いつまでもこだわる人もいる。極端な場合は乱暴になることもあろう。新聞・テレビを見れば、似たような話は毎日沢山出てくる。これを諫めるのに「短気は損気」という言葉がある。短気をおこすと結局は自分が損をするという意味である。しかしこれに思い至るのには、周りの状況を判断し、損得を計算できる理解力・判断力が必要である。脳が損傷するとこの理解力・判断力が衰え、わがままになることがある。人間の脳、特に前頭葉はこの理解力・判断力の源となる。

一方特に不安・緊張・怒りなどの情緒の中枢は側頭葉深部にある扁桃核・海馬にある。海馬は記憶の中枢でもあり、昔の記憶が詰まっているので、嫌なことを思い出すと怒りがわいてくることがある。怒りの裏には必ず不安・緊張があり、怒りを和らげるのにはまず、不安・緊張を和らげることが必要になる。けがや脳炎などで側頭葉が侵されると情緒不安定・記憶障害に落ちりやすい。

私は知的障害者施設の嘱託医も兼ねているが、利用者の中にはこだわり、不機嫌、不安なども多彩で激しい例もあり、対応に苦慮している。精神安定薬も使うが、かえって悪くなるケースもあり、薬物の選択も難しい。

てんかんでも不機嫌になる人は必ずしも多いとは言えないが、まれに不安・緊張が強く、イラつく人もいる。例を示そう。

患者は40台後半の、大学卒男性である。25歳のころから一瞬意識を失い、一点を凝視し、何事かもぐもぐしゃべる発作がみられるようになった。その頻度は月に1-2回で、時に倒れけいれんに至る大きな発作は年に1-2回起きた。

発作はなかなか止まらず、仕事にも支障をきたすようになった。歩いていて発作を起こし、排水溝に転落したこともある。会社でも物忘れが多くなった。携帯をなくしたり、書類を落としたりするので何回も自宅謹慎を命ぜられ、辞めてくれといわれたことがたびたびある。

本人は不安感があると止まらなくなるという。考えすぎで眠れなくなる。イライラする。妻は左利きで食器を並べる順序が気に入らない。左に味噌汁、右にご飯があるべきでそれが逆だとムラムラする。妻から命令されると腹が立つ。

脳波には左側頭部に発作波があり、左側頭葉てんかんである。
当院受診時にはカルバマゼピン600㎎、ゾニサマイド 300㎎を服用していたが薬物を整理し、ゾニサマイドを中止し、カルバマゼピン500㎎単剤にしたら、不思議と発作が止まり、穏やかになった。

これに一番驚いたのは本人である。イライラしなくなった。夜間もよく寝むれるし、妻に苦情言われても「まあいいや」と思うようになったという。

改善した理由は単剤に成功したからか、あるいは発作が治まったからか、あるいはその両者だったのかはっきりしたことは分からない。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

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