33.障害者と親、夫婦の危機 (2005年12月号)

てんかんなどの重度な障害を持つ患者は普通親と一緒に外来を訪れる。両親がそろって付き添って来る場合もあるがそのようなケースは少ない。母親が単独で患者をつれてくることが圧倒的に多い。まれに父親が患者を連れてくることもあるが、それは母親が病気であるなどのやむをえない理由がある場合が多い。

療育に関して両親の間で意見が別れることがある。たとえば父親は厳しく教育し、教えたほうがよいと主張するとすれば、一方母親はあまり押し付けないほうがいいというかもしれない。この意見の調整が両親間でスムースにいけば問題はないのであるが、これが必ずしもうまくいくとは限らない。そうなると熱心なほうが中心になり、一方は傍観者となりがちである。

いつも母親だけが患者を連れてくる場合、「お父さんはどうしている」と聞くことにしている。返事はばらばらである。「仕事で急がしいから」というもっともな場合もあるが、「あの人に相談してもダメです」とか「なにもやってくれません」という返事が多い。さらに重ねて「たまにお父さんが患者さんを連れてきてくれたらどうですか」と聞くと「やってくれるかしら」といぶかしがるかあるいは即座に「無理です」という返事がもどってくることもある。

次のような患者さんに遭遇した。知的障害のある側頭葉てんかん患者である。発作は意識が一瞬曇るだけの複雑部分発作でその頻度は月に数回である。この症例の一番の問題点は精神症状である。強迫症状があり、こだわりが強い。何かの行動を始める前に、たとえば食事の前に「いる」、「いらない」、「いただきます」 と何回も繰り返す。「早く食べなさい」というとかえって状況は悪化する。一通りの儀式が終了しないと食事に入らない。そのため一回の食事に2時間はたっぷりかかる。数日後の予定を何回も確認する。5分か10分おきに1日何十回と確認するので、側にいる親はたまらない。「さっき言ったでしょう」と突っぱねると確認癖はさらにエスカレートする。不安が強く、「・・・さんを殺しそうだ」、「非常ベルを押したのではないか」、「・・・さんの目を突いた」などの発言があり、また「ごめんなさい、ごめんなさい」、「さっきはごめんなさい」、「この間はごめんなさい」と何回も繰り返す。

この例で対応するのは通常母親である。父親は母親がお願いすると、一通りのことはやるが、状況がまずくなると「お前がやれといったから、やったんで俺が悪いんじゃない」という返事が返ってくる。そうすると母親は「もうあなたには頼みません」と声を荒げる。このような危機が何度も続くのでついに母親は口を閉じ何も相談しなくなった。それをよいことにして父親はますます家族をかえりみなくなった。実質的に父親不在となり、両親は家庭内別居の状況である。

この両親不和の原因はその他いろいろあるだろうが、自分の子供の扱い方に関しての意見の不一致が大きな要因になっていると思われる。夫婦といっても他人同士であり、ただでさえ意見が合わないことも多いが、障害者を子供に持つと、そのギャップはさらにいっそう拡大されるようである。

「一緒に考えましょうか」という雰囲気ができればいいが、難しい場合もある。さてあなた方夫婦はどちらでしょうか。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

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