安心して妊娠を迎えるために~正しい情報を知り、自分に最適な薬を服用しよう~

てんかんについて

日本てんかん協会東京都支部の情報誌「ともしび」2021年10月号の特集に加藤昌明が書いた「安心して妊娠を迎えるために~正しい情報を知り、自分に最適な薬を服用しよう~」の記事を、同協会のご厚意により、当ブログへの掲載許可をいただきましたので、是非お読みください。

(転載はご遠慮ください)

 

A. はじめに

女性とてんかんについては、「ともしび」2018年7月号に、大谷英之先生が女性のライフサイクルを通じたお話を書かれています。今回私は、妊娠について、それも妊娠に関して最も重要な、妊娠を迎える準備に絞って、お話します。

最初に、妊娠の話とは少しずれますが、そもそもてんかんは長い経過の中でどのくらい治るものでしょうか。図1は、アメリカのミネソタ州ロチェスターという都市での疫学調査1)です。小児から成人まで大勢の患者さんについて、5年間発作がない状態になった患者さんの割合を、てんかんと診断されてから20年後まで調べています。20年後の時点で、薬をやめて5年間発作がない患者さんが約5割です。

これを仮に若い女性に当てはめてみましょう。たとえば10歳でてんかんと診断された女性が、30歳までに薬をやめられる可能性が約5割、薬を続けている可能性が約5割、ということになります。つまり、子供のころに発症したてんかんの方で、およそ2人に1人は、妊娠を迎える時期にまだ薬を飲み続ける必要があるわけです。そのような患者さんが、安心して妊娠を迎えられるためには、妊娠するよりずっと前に、妊娠しても大丈夫なように準備を整えておくことが大切です。

10代前半の患者さんやその親御さん、「妊娠の話なんてまだ早い」などと思わずに、以下を読んでみてください。このお話が、安心して妊娠を迎えるために役立てば幸いに思います。

図1、てんかんの長期経過

B. 正しい情報を知ろう

妊娠・出産に関して、てんかんを持つ患者さんはさまざまな不安を持っていると思います。以下、不安のもとになる主なもの三つについて、お話します。これらについて正しい知識を得ておくと、誤解から生ずる余分な不安を軽くすることができると思います。

1. 自分のてんかんは子供に遺伝しないか?

まれに、家系内にてんかんが多発している場合があります。その場合には特定のてんかん症候群の可能性があります。たとえば「良性成人型家族性ミオクローヌスてんかん」は、常染色体優性遺伝を示し、子供の2人に1人は遺伝する可能性があります。


しかしてんかんの大半では、そのように家系内に多発することはなく、「多因子遺伝」という形をとります。遺伝的(体質的)な要因と、さまざまな環境的要因がお互いに影響しあって発病します。その結果として、親がてんかんだと子供がてんかんになる確率がやや高くなります。これは他の多くの疾患と同じで、たとえばⅡ型糖尿病(いわゆる成人病としての普通の糖尿病)は、一般人口の10%に対して、親が同病だと子供の27%が発病します。ですからてんかんを特別に遺伝病と考えるのは誤解です。


では実際のところてんかんの場合子供の発症は何%くらいになるでしょうか。2014年に報告されたミネソタ州ロチェスターでの疫学調査2)によると、40歳までにてんかんを発症する確率は、一般での1.3%に対して、てんかん患者の子供は3.9%、つまり一般の3倍程度の確率になります。


これを詳しくみたのが、図2です。子どものてんかん発症率は、親の性別とてんかんの病型によって大きく異なります。父親が焦点てんかんの場合が最も低く、一般と変わりありません。一方、母親が全般てんかんの場合が最も高く8.36%です。高めではありますが、それでも発症しない確率が90%以上であることを知っておいてください。

図2、親がてんかんのとき、その子供が40歳までの累積てんかん発症率

親の性別とてんかん病型以外の要素もあります。子どものてんかん発症率は、親のてんかん発症年齢が若いとやや高めである一方、35歳以上の発症では一般と変わりありません。また親のてんかん発作型でみると、欠神発作やミオクロニー発作では比較的高く、強直間代発作や焦点発作では比較的低いです。それから病因(病気の原因)によっても異なり、出生後の後天的ななんらかの原因(たとえば頭部外傷とか脳炎など)によるてんかんでは、一般と変わりありません。


このように、てんかん病型やてんかん症候群、発症年齢、発作型、病因などを踏まえることで、子供の発症確率をおおよそ推し量ることができます。なお、海外のある調査によると、てんかん患者さんが漠然とイメージしている自分の子供がてんかんになる確率は26%でした。実際にはそこまで高くないわけです。

2. 発作は大丈夫か、妊娠・出産は大丈夫か?

(1) 妊娠中のてんかん発作によるリスク

もしも妊娠中に強い発作(全身けいれんや、意識を失って転倒する発作など)が起こると、ご自身の怪我だけでなく、おなかの赤ちゃんにもストレスがかかる可能性があります。場合によっては切迫流産や胎盤早期剥離などに発展してしまうかもしれません。ですから妊娠中にはこのような強い発作をできるだけ抑えることが大切です。これに対し、より軽い発作(ちょっとぼんやりするなど)は、赤ちゃんへの影響はなく、心配ありません。

(2) 妊娠によるてんかん発作の増減

妊娠により、妊娠前と比べて発作がどうなるでしょうか? 一部増える人、減る人もいますが、患者さんの6~8割は発作が変わりません。なお、「月経てんかん1型」という、生理の時期(生理開始前後の数日間)に発作が多く出現しやすい患者さんでは、妊娠して生理が止まると発作が減りやすいです。月経てんかんは比較的良くありますので、ご自分の生理の時期と発作との関連性を発作日誌などで日ごろから記録しておくと良いです。


なお妊娠中に発作が起こるかどうかの一番の目安は、妊娠に先立つ1年間以上発作が消失しているかどうかです。発作が消失していれば安心です。ただしもちろん、少々発作が起こっていても妊娠・出産は十分可能です。

(3) 妊娠・出産は大丈夫か

てんかんを持つ患者さんの妊娠・出産を一般と比べた多くの報告があります。多数例で統計をとると、自然流産、妊娠高血圧症候群(以前「妊娠中毒症」と言われていたものです)、早産、生まれたときの低体重・低身長などが、てんかん患者さんでやや高いということがわかっています。ただし、これらの影響の大半は軽度であり、著しいリスク上昇はありません。

てんかんを持っていても、基本的に自然分娩ができ、また無痛分娩も希望と必要に応じて普通に受けられます。

「飲んでいる薬のおなかの赤ちゃんへの影響は?」 に続く

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