安心して妊娠を迎えるために~正しい情報を知り、自分に最適な薬を服用しよう~

てんかんについて

◆目次◆

A. はじめに

B. 正しい情報を知ろう
 1. 自分のてんかんは子供に遺伝しないか?
 2. 発作は大丈夫か、妊娠・出産は大丈夫か?
 3. 飲んでいる薬のおなかの赤ちゃんへの影響は?
 (1)催奇形性は?
 (2)知的発達などへの影響は?
 (3)発達障害への影響は?

C. 自分にとっての「妊娠に最適な薬」を服用しよう
 1. 妊娠に最適な薬とは
 2. 最適な薬への調整の仕方
  3. いつから調整を開始したら良いか 
  4. 最適な薬に調整できたら

D. 終わりに

3 飲んでいる薬のおなかの赤ちゃんへの影響は?

抗てんかん薬を飲むことによるおなかの赤ちゃんへの影響については、ここ20〜30年ほどの間に多くのことがわかってきています。特に催奇形性と、精神発達への影響について、このあとお話します。

なお、ときに誤解されますが、妊娠するより以前に飲んでいた薬は、赤ちゃんへの影響はまったくありません。もしも薬を飲むのをやめると、種類によっても違いますが、早ければ1〜2日、遅くとも4週間もすれば、体の中からすっかり出て行って空っぽになります。いつまでも残って赤ちゃんに影響を及ぼすことはありません。

(1) 催奇形性は?

奇形には大奇形と小奇形があります。大奇形は医学的または美容上問題になり何らかの治療が必要なものです。小奇形は程度が軽く、日常生活に支障を来たさず、治療を要さないものをいいます。以下、大奇形についてお話します。

大奇形は、世の中一般の女性から生まれた赤ちゃんの、おおよそ2〜3%に見られます。誰でもこのリスクはあるわけで、これをベースラインリスクといいます。てんかんの女性で、薬を飲んでいない方から生まれた赤ちゃんの場合、ベースラインリスクとほぼ同じです。


さて、赤ちゃんの体の構造は、妊娠第1三半期(妊娠12週ごろまで)にできあがります。ですので、この時期よりあとに服用した薬は奇形を生じません。世界の主要な調査をまとめると、妊娠第1三半期に何らかの抗てんかん薬を服用していたてんかん女性から生まれた児の、約5%に大奇形が見られます。ベースラインリスクの2〜3%との差が、薬による催奇形性のリスクです。この5%という数字は、近年どんどん低くなっています。たとえば現在も進行中の日本の調査での大奇形は、2001〜2014年は3.75%(240例中9例)に対して、2015〜2020年1月はわずか0.6%(173例中1例)です。日本ではもともと奇形の出現率が低いのですが、近年さらに低くなっているわけです。これは、どういう処方ならリスクが小さいかがいろいろとわかってきて、そういう処方が広く使われるようになってきているからです。以下、どういう処方ならリスクが低いかを見ていきましょう。

◯薬の種類によるリスクの違い

図3は、妊娠第1三半期に一種類の抗てんかん薬を服用していたてんかん女性から生まれた児の大奇形出現率を調べた世界の主な報告をまとめて表示したものです3)

図3、各種抗てんかん薬妊娠第1三半期・単剤服薬時の大奇形出現率

直感的にわかりやすいように、調べた児の数が多いほど大きな球体で示してあります。オレンジ色は古くから使われている薬(従来薬)、水色は日本で2006年以降に使用できるようになった薬(新規薬)です。一番左の「コントロール」は、抗てんかん薬を飲んでいない場合で、調査によってばらつきはありますが、先ほどお話したようにおおむね2〜3%であることがわかります。これがベースラインリスクであり、これと比べて各種薬剤を見てみると、バルプロ酸が突出して高いことがわかります。一方図の右のほう、新規抗てんかん薬はおしなべてリスクが低く、レベチラセタムやラモトリギンをはじめとして、ベースラインリスクとほぼ同等の薬がいくつかあることがわかります。

実際、世界の先進国では最近、妊娠中のてんかん女性に使われている抗てんかん薬のうち、レベチラセタムとラモトリギンで6〜7割を占めるようになっています。

◯量は少ない方が良い

それではレベチラセタムやラモトリギンだけ使えば良いでしょうか。そう単純にはいきません。それらの薬で発作が抑えられない、あるいは副作用で使えないという場合には、他の薬を使います。その場合、種類と同時に、用量もとても重要です。いくつかの抗てんかん薬(バルプロ酸、カルバマゼピン、フェノバルビタール、ラモトリギン)で、奇形出現率は量が多いと高く、量が少ないと低いという性質(用量依存性といいます)が確かめられています。

たくさんの報告がありますが、今回はひとつだけ、インドの調査4)図4に示しましょう。左端がコントロールで、その右に4種類の薬について、それぞれ少量、中等量、多量での大奇形出現率を示したものです。フェニトイン以外の薬は、少量だとかなりリスクが低く、コントロールとあまり差がないことがわかります。ですから、なるべく少ない量を使うのが原則です。

図4、各種抗てんかん薬の催奇形性の用量依存症

特に、この図で右端のバルプロ酸は、多量だと非常に奇形出現率が高いですが、少量(この図だと1日400mg以下)だとコントロールとほとんど変わりません。このように、バルプロ酸は用量依存性が著しく、多量はリスクが非常に高いけれど、少量ではリスクは低い、ということが特徴です。

すなわち、「バルプロ酸はリスクが高い」というのは誤解です。正しくは、「多量のバルプロ酸はリスクが高い」です。ここのところは大事ですので良く知っておいてください。

なお抗てんかん薬は、同じ量を服用していても患者さんそれぞれで血中濃度の個体差が大きいです。ですから用量が低ければいいというわけではなく、血中濃度を測定して、もしも意外に高い場合にはある程度濃度を下げる、という調節をすることが必要です。その意味では、先ほどの言葉は「多量(高血中濃度)のバルプロ酸はリスクが高い」というのがさらに正確です。
現在までのこれらの知見に基づき、抗てんかん薬の種類とバルプロ酸の用量について催奇形性のリスク度を図5aに模式的に示しました5)

各種抗てんかん薬の児へのリスクの模式図
◯剤数は少ない方が良い

催奇形性は単剤でもっとも低く,剤数が増えるにしたがって上昇します。したがって抗てんかん薬は原則としてなるべく単剤で使用した方が良いです。しかしバルプロ酸は例外で、剤数よりも用量の方が大きな影響を持ちます。つまりバルプロ酸の単剤・少量で発作抑制が困難な場合には、単剤・多量とするより2剤となってでも少量にした方が、リスクが低くなります。
妊娠中の患者さんへの実際の処方は、世界のどの調査でもおおむね共通していて、約2割の患者さんが単剤では発作コントロールが難しく、2剤以上を服用しています。

(2) 知的発達などへの影響は?

妊娠中に抗てんかん薬を服用することで、生まれた子どもの知的発達にマイナスの影響があることが明らかにされています。近年のおびただしい報告を俯瞰すると、特にバルプロ酸はこの影響が強く、用量依存性も認められます。代表的な報告は、妊娠中にバルプロ酸1日1000mg以上あるいは800mg以上を服用すると、6歳時の子どものIQが約10低い、バルプロ酸1日800mg以上を服用すると、6歳時に何らかの教育的支援を要する場合が多い、バルプロ酸1日700mg以上を服用すると、2〜5歳頃に特異的な発達の遅れ(言語、運動、学習能力など)あるいは行動・情緒の障害を持つ子供の割合が多い、などです。すなわち催奇形性と同じく、「多量(高血中濃度)のバルプロ酸は、子どもの知的発達などにマイナスの影響を及ぼす」ということです。

一方 レベチラセタム、ラモトリギンはまだ報告が少ないですがほとんどリスクがありません。フェノバルビタール、フェニトイン、カルバマゼピンはバルプロ酸とこれらの薬の中間に位置づけられます。これらのリスク度を模式的に図5bに示しました5)。催奇形性のリスクと似ていますね。

なお、催奇形性のリスクは第1三半期だけ考慮すれば良いのですが、知的発達などに関する薬の影響は、全妊娠期間を通じての注意が必要です。これは子どもの脳神経細胞のネットワークの発達が、全妊娠期間を通じて続くためです。

(3)発達障害への影響は?

妊娠中にバルプロ酸を服用することで、生まれた子どもの自閉スペクトラム症あるいは注意欠陥多動障害の発症率が高くなるという報告がいくつかあります。その中には用量依存性を示す報告もわずかながらあります。バルプロ酸以外の薬では、今のところ自閉スペクトラム症への影響は確実なことは言えません。今後の調査が待たれるところです。

3.自分にとっての「妊娠に最適な薬」を服用しよう に続く

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