31.薬物療法の基本・「押してだめなら引いてみよ」 (2005年10月号)

過去数回、この場で「こだわり」の話をしました。自閉症や知的障害をもつ方には「こだわり」があることが多い。これは背景にある脳障害の表れで、てんかん発作もまたこの脳障害の症状のひとつである。したがっててんかんと「こだわり」は直接の因果関係はない。てんかん発作があるからといって「こだわり」があるというわけではない。しかしてんかん発作を持つ人は背景に脳障害があることが多く、自閉症、知的障害、さまざまな行動異常を持っている場合も多いのは事実である。

この「こだわり」はしばしば頑固で、時として激しく、周りの人を困らせる。長時間トイレや風呂を占領し家族が使えない。頻回な手洗い、頻回な確認癖など多岐にわたり、数え上げればきりがない。

今回は前回に述べた「こだわり」 数珠の功徳の症例の追加である。自発言語はないが簡単な言葉や状況は理解できる比較的重度の知的障害がある男性の話である。以前から異食があり、プラスチック、ごみ、庭の砂などを手で持ち遊んでは、それを口に入れ飲み込む癖があった。母親は彼が庭の砂いじりが好きだったことを見て試しに直径1センチほどの木の球が20個ほど糸で繋がっている数珠を与えた。それが気に入ったらしく手のひらで繰り返し握っては一日中それで遊ぶようになった。そして彼の異食もなくなった。

彼はふだん大変おとなしいい人であったがある日突然不穏となった。夜間眠らず歩き回る。部屋中の電気をつけたり消したり、めちゃくちゃに騒ぐ。叫ぶ。食欲もなくほとんど食事せずやせてきた。それまで日中は実習所に行っていたが、そこにもまったく行かなくなった。何か内科的疾患があるのではないかと内科、泌尿器科などで精査したが外痔婁が見つかったのみである。

少なくとも夜間は眠ってほしいという両親の希望に沿って、睡眠剤(レンドルミン、ヒルナミン、サイレース)などが増えたが効果はなかった。強力精神安定剤(ヒルナミン、ドグマチール)も最大限度まで使用した。しかしそれでもまったく効果なく、家族は途方にくれた。緊急一時入院も考えたが、どの精神病院も重度の知的障害者を受け入れてくれるところはなかった。

ついでながら話をすると精神科の病院というところは知的障害者にとっては多くは苦痛である。いろいろな人が入院しているので周りと協調するのは大変である。そのため逆に精神症状が悪くなり、それを抑えるために更なる精神安定剤が増えるという結果にもなりうるのである。

この症例では、さらに薬を極量を超えて増やし、だめなら緊急入院もやむをえないと考えた。しかしその前に薬を整理して、あまり効果がなかった薬を減量しようと思い、結局すべての眠剤、抗精神病薬をいったん中止した。

そしたら驚くことがおきた。それまでの不穏、不眠は嘘のように消失し、まったくおとなしいもとの患者に戻った。薬がかえって彼の症状を悪化させていたのである。薬が効かなかったなら思い切って減量中止してみるのも一方法であると思った。この症例を通して「押してだめなら引いてみろ」という薬物療法の基本を教わった。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)