69.救急車を呼びますか。―その1(2008年12月号)

前回及び前々回はけいれん発作への対応やもうろう状態への対応についてのべた。けいれん発作は突然来るので、怪我や事故の防止が最大の課題となる。もうろう状態については意識が曇ったまま動きまわったりするので、「注意深く見守り、辛抱強く意識が回復するのを待つ」ことが肝要である。今回は救急車に関する話をしよう。

突然路上で倒れ、けいれん発作を起こしていたら通りがかりの人はびっくりしてすぐ救急車を呼ぶだろう。私の患者も町のあちこちで倒れるので救急車隊員からよく電話がかかってくる。「00市・00区の救急隊ですが、そちらの病院で治療されている患者さんが倒れて呼ばれました。どうしたらいいですか」と聞かれる。

救急隊員から連絡があると、今どういう状況にあるか、まだけいれんが続いているか、意識レベルは回復しているかなどを聞き、原則として連れてきてもらうことにしている。なかにはもう回復しましたから救急車には乗りたくないと拒否する患者もいるが、救急隊員はそう簡単には解放してくれない。「来たからには乗ってください」と言われ、やむなく乗って来たという患者さんもいる。あるいは逆に「数か所の病院に連絡したが脳外科がないということで、どこも断られた。そちらでぜひ引き取ってほしい」といわれることもある。

多くはクリニックについたころにはすでに発作は治まっており、意識は回復している。打ち身、擦り傷などもあるが、大きなけがはない。しばらく安静にして、観察するとほとんど完全に回復する。

これが知らない病院に運ばれたりすると、無理に点滴、静脈注射、CT,MRI検査など必要以上な検査・治療がなされることが多い。てんかん患者が路上で発作を起こし、倒れたからといって重篤な事態になることはほとんどない。ひどい怪我やけいれんが止まらない場合は少なく、多くは救急車も必要としない。また最近は受け入れを断る病院も多くなった。

なぜ救急病院は救急患者を断るのか。

私はアメリカのミシガン州デトロイト市の救急病院を含む大学病院で4年間臨床研修を経験したが、そこでは運ばれてくる患者はどんな患者でも断らない。救急車からの電話は「引き受け可能か?」という問い合わせはなく、「連れていくからよろしく」という一方的な電話である。 アメリカの大都市ではこのような救急病院は1ないし2か所指定されており、ここには毎日300-500人の救急患者が運ばれてくる。大統領でも浮浪者でも身分は問わず、まずは最初にここに運ばれる。

浮浪者なども入り込み、廊下にじっと佇んでいる人も多い。名前も分からない身元不明の死亡者もおり、その混雑は目に余る。

ここで診療の第一線を担うのは若手研修医・レジデントであり、常に数十人の研修医・レジデントが待機している。ここは大学関連研修指定病院であり、十分な臨床経験ができるので、若手医師はここでの勤務を嫌がらない。

路上で倒れたてんかん患者全てが救急病院に運ぶ必要はまったくないが、しかし仮に救急隊から依頼があったら受け入れを断らないような救急病院が必要であろう。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)